龍澤山善寳寺所蔵木造賓頭盧尊者坐像における保存の現状とその活用について
鈴木花子(芸術文化専攻 保存修復)
1.龍澤山善寳寺所蔵木造賓頭盧尊者坐像の現状と保存修復の検討
山形県鶴岡市にある龍澤山善寳寺所蔵の木造賓頭盧尊者坐像(以下、善寳寺像)(図1)について、文化財的保存と「撫でる」という特異的な信仰形態の回復を両立させる保存修復について考察した。
賓頭盧尊者像は一般に、拝観者の患部と像の同じ箇所を撫でて治癒を祈願する特異的な信仰形態を持つ。善寳寺五百羅漢堂にも賓頭盧尊者像が安置されていたが、損傷劣化等から修復処置を要する状態で五百羅漢堂内で触れられないように安置されてきた(図2)。
善寳寺像の保存修復における課題として、賓頭盧尊者像の性質である「撫でる」信仰機能が停止している点、しかし文化財的観点からは善寳寺像を撫でられるように修復した場合に撫でて像の形状が失われ、造像技法や歴史的痕跡を失う可能性がある点が挙げられた。そこで善寳寺像の現状を維持しつつ「撫でる」ことを可能にする方法として、善寳寺像の御前立(身代わりとして撫でる像=本論ではレプリカ像と呼称)制作を保存修復方法として提案した。
2.レプリカ像制作
善寳寺像のレプリカ像を新たな信仰対象として長期的に機能させるため、素材や法量、安置環境についても考慮し、レプリカ像は善寳寺像を縮尺したブロンズ像とした。善寳寺像の3D計測データから3D原型を出力し、原型をもとに鋳造した後、表面仕上げと着色を施した。
3.レプリカ像の活用における検討と提案
善寳寺像の現状維持修復と御前立となるレプリカ像の制作から善寳寺像における文化財的価値の保存と信仰対象としての信仰機能回復の両立の可能性を提示した。また、善寳寺像のレプリカ像は御前立(図3)として多くの人々に抵抗なく触れてもらえるよう善寳寺像独自の信仰方法や活用方法を提案したが、その実践と検証には至らなかった。これらの提案の是非は寺院や拝観者らにもよるため、実施の際は予めデモンストレーションを行い、多角的観点から信仰方法として採用可能かを慎重に検討する必要がある。
文化財分野におけるレプリカ製作の有効性や将来性を分かりやすい形で提示し、文化財を受け継ぐ立場にある方々の理解や信頼に繋げる工夫が重要である。今日、日本国内では文化財の保存活用における取組の強化から地域活性や観光資源への活用が推進されている。文化財の物質的保存と継承だけでなく、そのものの本質に焦点を当て、歴史的価値や面白さを見出すことも重要と考える。