大学院Graduate School

考古遺物の保存処理に使用されるPEGの低分子化に金属イオンが及ぼす影響に関する研究
鷲津未来(芸術文化専攻 保存修復)

 本研究は、木製遺物の保存処理に使用されるポリエチレングリコール(PEG)の低分子化(劣化)に関する研究である。PEGによる保存処理は国内において最も事例が多く、多くの遺物が安定した状態で保管されている(図1、2)。しかし近年、一部の木製遺物に木胎の軟化やPEGの染み出し等の問題が報告されている(図3)。これは、PEGの低分子化によるものであり、その要因は保管環境であると考えられている。要因については詳細な研究が少なく、現在までに、酸素、水分、温湿度等について報告がされているが、一般に高分子材料の劣化要因の一つである金属イオンに関しては詳細な研究がおこなわれていない。木材内には、埋没環境である土中の金属イオンが含まれ、保存処理分野ではFeイオンが注目されている。しかし、土中には、Al、Ca等の様々な金属イオンが含まれている。土で構成された遺構をPEGで保存処理した事例もあることから、Fe以外の金属イオンについても調査すべきである。そこで、本研究では、加速劣化試験により劣化サンプルを作製し、目視観察、FT-IR分析、pH測定、GPC分析から、土中の成分として比較的含有量の高いAl、Ca、FeイオンのPEGに対する影響を調査した。
 分析の結果、Caイオンによる影響は確認できず、Fe、Alイオンについてはそれぞれに特徴的な反応が見られた。分析から、Feイオンによる低分子化を促進させる働きが示唆された一方、AlイオンではPEGの低分子化に対し、抑制作用を持つ可能性が見出された。
 本実験から、兼ねてから注目されていたFeイオンの影響を確認するだけでなく、Alイオンの低分子化に対する反応を見ることができた。Feイオンについては、PEGに対し影響が大きいことから、保存処理の際、積極的に除去するべきだと考える。Alイオンについては、PEGの低分子化を抑制させる作用が見込めるが、実際の反応機構は明確になっていないこともあり、抑制作用の明言は控える。そのため、追加の実験や分析を課題として挙げる。AlイオンによるPEGの低分子化の作用が認められた場合、PEGによる保存処理により安定性を持たせることができるだけでなく、低分子化による問題が発生した遺物の再処理に適応させることができると考える。本研究で行った各金属イオンの影響の調査結果が、PEGの低分子化による問題の解決策を講じるための一助となれば幸いである。

図1 PEG4000S

図2 保存処理された木製遺物の一例

図3 低分子化による問題の一例