文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

木彫文化財修復における時代的損傷の再現~堅下地漆箔技法の手板制作を通じて~
谷本菜々子
鳥取県出身
立体作品修復ゼミ

 現在の文化財修復においては、現状維持修復が基本方針とされています。現状維持とは、欠失や亡失した状態でも、現状に耐えうる程度の処置しか行わない修復を指します。
 木造彫刻文化財保存修復においても現状維持修復を基本としますが、仏像の場合は礼拝対象としての観点からその限りではありません。仏像は本来、礼拝対象としての宗教的価値を持っています。仏像は欠失や亡失した姿では、本来の礼拝対象として望ましくなく、宗教的な価値が失われかねない状態が生まれ、本来の存在意義を揺らがせかねません。このことから、木造彫刻文化財修復は亡失した箇所や欠失した箇所に補作を施す場合があります。
 この場合、補作箇所は全体との調和を図る必要があり、周囲との違和感が生じないような仕上げ処理、つまり時代的損傷の再現が施される場合が多くあります。
 時代的損傷の再現を行う場合、修復対象の素材?技法?時代的造形性などの情報を的確に理解?把握し、技術面においても再現できる必要があり、身につけなければならない素養です。
 本研究では、木彫文化財修復を前提とした時代的損傷の再現を行うことで、伝統的技法と時代的損傷再現における技術の習得と理解を目指すことを研究目的としました。(図1)
 本研究では、本研究では、木彫文化財修復を前提とした時代的損傷の再現を行うにあたり、木彫文化財の表面仕上げ技法の中から、仏像に多く見られる堅下地における漆箔技法を取り上げました。(図2)
 研究の中で、手板を2種類制作しました。1種類目は、堅下地漆箔技法の制作工程を段階的に示しました。これを手板Aとします。2種類目は、段階で分けず、全面に堅下地漆箔技法を施しました。これを手板Bとします。その後、3分割しそれぞれに方法を変えて、時代的損傷を再現しました。(図3)
 仏像制作における基礎的な技術を手板に再現することで、堅下地漆箔の技法、道具等の理解が深まりました。一方で、時代的損傷の再現を実際に行ったことで再現における技術は一様ではないことに気が付きました。新補した仏像の損傷具合、時代、技法を考慮した再現方法には、様々な機械や技法、材料を用いることができます。このことから再現の方法が他にもあるのではないかと疑問が出てきました。この点において、時代的損傷の再現には研究の余地があるといえます。

図1 堅下地漆箔技法の手板制作の様子

図2 堅下地漆箔技法の手板

図3 時代的損傷再現を行った手板